2拠点生活エッセイ第15回「大雨のあとに」

7月5日、福知山市に大雨警報が発表されたとき、避難勧告のアラームが鳴り響くスマホと共に京都市にいた。

7月6日、福知山市に雨が降り続いているとき、京都市でも雨は降り続いていて、ほんの一瞬弱まるタイミングで、娘に雨具を着せて自宅の周りを散歩した。

7月7日、いつもお世話になっている方々の家やいつも通っている道が見たこともない土砂でいっぱいになっているとき、夫と娘とタイ料理を食べて友人の出産祝いを買いに行った。

7月8日、雲原の消防団が地域の隅々まで被害状況を確認に奔走しているとき、娘が生まれてはじめてプールに入るところを見守った。

7月13日、福知山市の災害ボランティアセンターが連休中の一般ボランティア受付を行わないと決めたとき、やっと雲原に帰ってこれた。

7月15日、夫が雲原の神社の参道の土砂崩れを直しに区のみんなと出かけて行ったとき、娘と2人でカレーを食べた。

7月28日、福知山市に台風による避難勧告が発令されたとき、夫と娘と京都市の自宅のそばで開かれたお祭りに参加した。

今月降り続いた雨は、自宅のある福知山市雲原地域に甚大な被害をもたらした。

私は、所属している消防団のメールグループに送られてくる「被害報告」の写真で、それらをはじめて見ることになった。

京都市にいたからである。

知り合いの消防団員のみなさんが被害状況を把握しようと村の隅々まで走り回っていたことも、雲原の母・Rさんたちが詰め所におにぎりを差し入れてくれたことも、自治会長のIさんが災害本部を立ち上げたことも、スマホが伝えてくれた。

地域の外から見れば私も被災者で、友人・知人たちだけでなく宿のお客さんからも安否確認と「できることがあったら言ってくれ」という内容のメッセージが送られてきた。

けれどそもそも道路が分断されて京都市から動けず、雲原の自宅も被害を受けておらず、復旧作業の現場へも出向けていない私は、自分を被災者だとはとても思えなかった。

2拠点生活において、一方の拠点で何かが起きたときもう一方へ避難できることは、これまで強みだと思っていた。

たとえば京都市にいるとき「週末、大雨になります」だとか「週末、台風がきます」と言われたら、土砂災害の起きる可能性のある雲原に戻るよりも、家のまわりに山も川もない京都市の自宅にいることを選んできた。

でも、いざそれが現実になってみると、選ばなかった方が気になってしょうがない。

京都市で災害復旧と全く関係のない行動に身を委ねていても(いや、いるからこそか)頭の中はずっとスッキリしなかった。

モヤモヤを抱えながら雲原に帰ってきた日。

空はびっくりするほど青く澄んでいる。山もすっかり緑が濃い。まだ湿気が残るけど、雲もすっかり夏雲だ。

雲原の母・Rさんのお家へ、娘と共にお邪魔する。
抹茶ケーキと牛乳を食べながら、大雨の夜明け方におにぎりを差し入れたのは、いろんな音があちこちから聞こえてきて眠れなかったからだと話してくれた。

雲原郵便局に行ったら、局長のNさんが「うちのうしろも落ちたんやで」と土砂災害について教えてくれた。
「あのくるみの木も、次なんかあったら落ちてくるで」と指差してくれた先には、明るい茶色の土肌がむき出しになっている。

家に帰って、畑へ。
あたり一面緑色だ。雑草がビュンビュン伸びている中で、トマトやナス、唐辛子がぽってり育っている。持ってきた小さいコンビニのビニール袋だけではとても全部は収穫できない。大きいものや赤いものだけを選んでとる。戻ろうとして、足元のミントを踏んづける。すっきりした香りが鼻に届く。

モヤモヤのもとを探っていくと、「変化への罪悪感」に行き着いた。

自分の行動を振り返れば、冒頭にあるように家族との時間を優先しているとハッキリ分かる。

しかしそのことに、少し前まで雲原での地域活動を優先していた自分が「えっ」と驚いている。

今回は、メールグループで地域のために活動していた人の動きが具体的に見えたから、なおさら自責の念にかられた。

とはいえ良いか悪いかでいえば、生活の変化はそれ自体悪いことではない。

必要なのは、過去の自分ならできたのにと申し訳なさを感じるのはしょうがないとしても、そこに留まらずに新たな関わり方を模索することだ。

買い物に出て、車を運転しながら夫に話したら、あれほどモヤモヤしていたものが身体のなかで居場所を見つけたようにおさまってきた。

今日できることはなにか。
雨も台風も落ち着いて、消防団の復旧作業もない今日なら、畑の草刈りか。
Yさんにジャガイモももらいにいかなくちゃ。お礼には、アイスを持って行こうか。
暑いですね、でも風は気持ちいいですね、と声をかけよう。

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吉田美奈子
農家民宿「雲の原っぱ社」宿主。1989年生まれ。福知山市で生まれ育つ。京都女子大学現代社会学部現代社会学科卒業後、NPO法人暮らしづくりネットワーク北芝で地域教育に関わる。2012年、福知山市の雲原地区へ単身移住。2016年、結婚を機に京都市との2拠点生活スタート。同年11月、女児の母となる。クマと星野源と夫が好き。 ツイッター▷@kumonoharappa ホームページ▷雲の原っぱ社

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