2拠点生活エッセイ第6回「収穫の秋」

全国各地の農家が、収穫の秋を迎えている。
私たちの田んぼの稲たちも、若々しい緑色からふっくらとした黄色に変わっておいしそうになった。おびただしい量の雑草と健気に同居しながら収穫の日を待っていた。

なのに、なんとイノシシの猛襲により全滅してしまった。

収穫の秋、来ず

電気の流れる線を引きちぎり、網をやぶり、四方八方から穴が掘られた。風にそよいで揺れていた稲たちは見るも無残に倒れた。

荒れ果てた光景を前に、夫は「みなちゃんがあんなに頑張ってたのに・・・」と言葉を失った。
そのとなりで私は「来年またがんばろう」とか「こういうこともあるって覚悟はしてたから大丈夫」とかポジティブなことを次々口にした。

現実として、受け入れたくなかったのだと思う。

SNSの友人たちは当たり前のように稲刈りの写真をアップする。近所のお米屋さんには新米入荷の文字が踊る。教育テレビのわんわんまで、農家の人にお米をもらったからみんなで食べようと喜んでいる。

私たちのところに収穫の秋は来なかったのに。

みぞおちに、暗く重く悲しい何かがズーンと効いてくる。

アートの秋、来たる

だが、である。
イノシシに田んぼを襲われる前の記憶をたどれば、私はとても嬉しい気持ちで秋を迎えていた。

9月2日、娘を抱っこして「トークイベント・山山アートセンターをつくる」に訪れたときのこと。

「アートにかかわることも物も人も、すべてアートだと思う」という登壇者の言葉に「わ!ほな私もアートや!」と心が踊ったのである。

それはまるで、お金が入っていないと思っていたサイフに必要な分だけ残っていることを発見したときのような(いやそれよりもっと嬉しいな)遠くにあると思ってたものが実は手の中にあったと気づいたときの喜びだった。

山山アートセンターの「トークイベント・山山アートセンターをつくる」

今回のイベントは、代表で美術家のイシワタマリさん、美術家の新井厚子さん、美術家の笠間弥路さん、文化政策研究者の小林瑠音さんという4人の登壇者がそれぞれどんな活動をしているかを聴きながら、昨今アート界隈で話題になっているという社会との関わりの中にあるアートについて参加者もいっしょに考えてみるーというような内容だった。

アートについて考えてみたことのない私が参加した理由は、いつも気になっている山山アートセンターのイベントだからだ。

山山アートセンターとは

山山アートセンターは、代表のマリさんが結婚を機に福知山市に移住されたとき「自分にとってそれなしでは生きられないアートがこのあたりにはどうも見当たらない」と切実に苦悩され、「もしかするとこのあたりの人々の生活には必要ないものかもしれないけれど、アートセンターという聴き馴染みのない言葉をあえて使って色々やってみよう」という思いで始まった動きだ。

「いろいろやってみる部」という部活動に行くような気持ちでお互いのやってみたいことを応援したり見守ったりするゆるやかなつながりを築いたり、いろんな地域のいろんな人々が次々に登場する「このあたりのしんぶん」というA3両面の読み物を毎月発行したり、「やまやま休憩室」というちょっと座ってお茶したり話したり持ち寄りごはん会をする場を開いたり、国内外のアーティストを招いてワークショップを開いたり。

2015年の発足から、いつ見ても何かがはじまっていて目を離せない面白さがある。

アートなしでも生きてこれたという後ろめたさ

マリさんと私は、彼女が福知山市に移り住まれて一年経ったくらいの頃に知り合った。
山山アートセンターの構想は、そのまた一年後くらいに話してくれた。

当時彼女がつくった「生きよう」という文章には、ものすごく異なる人それぞれの違いもそのまま抱きしめて生きていこうという強くてあたたかな意志が宿っていて、今読んでもぐっとくる。

人の心をゆさぶる文章を書けたり、全く考えたことがなかったのにずっと求めていたようなテーマを思いついたり、アートと共に生きている人と関わると、自分はどうしてそれなしで生きてこれたんだろう?と後ろめたくなることがあった。

でも、その後ろめたさは全く要らないと、そう気づいたのが今回のイベントだった。

アートと出会う体験

『アートをいつどんなふうに知ったか、そのアートが有名かどうかは問題ではなく、自分の人生に影響を与えるアートとの出会いがあればそれでよい。』

『ワークショップをするときは、参加した人にとって単なる体験で終わらず、後々だいじな思い出や生活をちがった視点で見られるよう考えている。』

『同じ場面をみても、これはアートだと思う人と思わない人がいる。思えるようになるには、日々の中でこれ面白いな、素敵だなと思うものを見つけて、生活を更新していくといい。』

生活を更新するとは、いろんなものを見て考えてやってみること。

4人のそんな話に耳を傾けながら、山山アートセンターのワークショップや今日のイベントに対して素敵だなぁ、面白いなぁと出会っていることこそアート体験といえるよなぁと思った。

そのことに気づいたとき、後ろめたさがぱっと消えた。

これか!これがアート体験か!

思わず似顔絵を描きたくなった

終わったあと、私は4人の写真を撮らせてもらっていた。彼女たちの似顔絵を描きたくなったからだ。

「ふくてぃーやまという福知山の魅力発信ウェブマガジンでエッセイを書いていて、もしよかったら似顔絵を書かせていただきたいんですが、写真を撮らせてもらってもいいですか?」

突然のお願いであったにも関わらず、みなさん快くカメラに向かって微笑んでくださった。

似顔絵を描くということを楽しみにしてくれているようだった。待っていてもらえるということがとても嬉しかった。

収穫の日々

いつも気になっている山山アートセンターのイベントだからという気持ちで参加したけれど、振り返ると、何をしているとき自分は嬉しいのかをリラックスした雰囲気の中で向き合わせてもらっていたように思う。

良いときも悪いときも、日々の中に生活を更新するきっかけがある。
なんて勇気の湧いてくる発想だろう。

来週、倒れた稲たちをひとつひとつ手で刈っていく。

とても悲しい作業だろうなと考えるだけでも胸が痛むけど、今はもう受け入れている。

収穫は日々の中にあるから。

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吉田美奈子

吉田美奈子

農家民宿「雲の原っぱ社」宿主。1989年生まれ。福知山市で生まれ育つ。京都女子大学現代社会学部現代社会学科卒業後、NPO法人暮らしづくりネットワーク北芝で地域教育に関わる。2012年、福知山市の雲原地区へ単身移住。2016年、結婚を機に京都市との2拠点生活スタート。同年11月、女児の母となる。クマと星野源と夫が好き。 ツイッター▷@kumonoharappa ホームページ▷雲の原っぱ社