2拠点生活エッセイ第8回「バスに揺られて」

11月15日、わたしは京都市でバスに揺られていた。
知恩寺で月に一度開催される手づくり市に義母Mさんが出店するということで、娘と二人で顔を出しに行った帰りである。

はじめからバスに乗っていたわけではなく、途中まではベビーカーを押して歩いていた。

その日はお昼下がりまで暖かい秋晴れで、紅葉の京都に訪れるお客さんも重なり知恩寺は大入り満員だった。
鴨川でも、老若男女があちこちで気持ち良さそうにそれぞれの午後を過ごしていた。

そんな今日を、娘は睡眠日和だと決めたのかもしれない。

知恩寺に到着する前から、Mさんと合流してMさんがお手洗いに行く間のほんの少しだけ店番をまかされたときも、戻ってきたMさんに預けて市をぐる〜っと見て回ったときも、知恩寺を出て鴨川でパンをつまんでいるときも、娘は眠り続けていた。

いくら睡眠に最適な日でも、さすがに寝過ぎだ。
娘を起こし、ベビーカーに乗せて歩き、自宅まであと徒歩30分というところで疲れてバスに乗ることにしたのであった。

バス停でちょっとだけ待っていると、時刻通りにバスが来てくれた。
寝起きの娘は抱っこしてほしいようなので、ベビーカーには代わりに荷物を乗せた。

ドアが開く。ベビーカーの前輪をバスの乗車口にかけて、よいしょと片手で押して中に入る。幸いベビーカーを脇において自分たちも座れる席を確保できた。

はぁ一息、一息。

息をついたのも束の間。大きめの停留所を過ぎると、だんだん人が増えてきた。
視界の端に、抱っこ紐の親子連れが乗り込んで来るのをとらえた。

娘を抱っこしていて席を譲れないので「ごめんなさいね」と伏し目がちに会釈した。

すると、なんとその女性が声を掛けてきた。

「あの、児童館で一度お会いした・・・こんにちは〜」

エッと思って顔を上げると、見たことのある女性がこちらを向いて微笑んでいる。

彼女の名前は・・・申し訳ないことに失念してしまったが、お顔は確かに覚えている。

娘と一緒に児童館に行ったとき、近くに座って「今日初めて来たんです」と話しかけてくれた人だ。

「わぁこんにちは〜。ちゃんと見てなくて気づかなかった、声かけてくださってありがとうございます」

「おでかけですか?」

「そうなんです〜。夫のお母さんが百万遍の手づくり市で出店されてて、それ行っての帰りです」

彼女の手には近くのパン屋さんの袋が下げられていた。心の中でいいですね、と思った。

「すごいですね〜。最近児童館行ってます?私あれから、ちょくちょく行ってるんですよ」

「わ、そうなんですね〜。私も行きたいんですけど、寝坊しちゃってなかなか」

児童館は朝10時から17時まで開いているので、たとえ昼まで寝ても行こうと思えば行ける。

でも、この女性と出会った場でもある娘と同じくらいの子たち向けの集まりに出るには金曜日の10時半〜11時半までに行かなければならない。

そうなると、遅くとも朝7時には起きることが求められる。ちょっと寝坊して8時にでも起きようものなら、朝ドラだ、朝ごはんだ、その片付けだ、溜め込んだ洗濯もちょっと回しときたいだナンダとしているうちに正午になって間に合わない。

また、2拠点生活では、京都市と福知山市のどちらにいるかを当日に決めることも多い。だから児童館に行くためには「この日は児童館に行く」と前々からハッキリ決めて、当日もきびきびと行動する必要がある。

そんな私と同じではないと思うが、きっと彼女はそうしためんどうな段取りを越えてちゃんと児童館に行っているのだと思う。すごいなぁ。

「次は、〇〇〜、〇〇〜」

わたしの最寄りバス停の名前がアナウンスされた。車内は相変わらず混んでいる。

「あ、私ここで降りるので、どうぞ座ってください」

「あ、ありがとうございます。ではまた」

「はーい、またまたです〜」

バスはベビーカーを折りたたまずとも、入り口から出口まで転がすことができる。
立っている乗客1人1人に声を掛けながら少しずつ出口に近づく。

「すいません後ろ失礼します〜。ありがとうございます〜助かります〜」

ベビーカーの幅は50cm。わたしの横幅とそう変わらないが、地面を走る車輪があるのでみんな通常時よりかなり体を避けてうまく通そうとしてくれる。

「大丈夫か、通れるか」

「うしろ通らはるよ」

手伝ってくれたり、周りの人に声をかけてくれる人もいる。いつも、ありがたいなぁと思う。

運転手の横までたどり着いたら、プリペイドカードで運賃を支払う。1000円のカードで1100円分使えるというさりげないお得さが好きでバスや地下鉄に乗るときよく使う。
テレホンカードのようにペラペラの表面は、財布からカードを抜き取って遊ぶのが好きな娘のおかげで折れまくっているが、機械はしっかり読み取ってくれる。

「ありがとうございました〜。ほい降りるでー」

娘を抱っこしたまま、ベビーカーを持ってバスから降りる。

「発車します」

降車成功の達成感に浸る間もなく後ろでドアがしまる。まぁ、あっちはまだ先があるからね。

「よっしゃーおつかれ〜。お家帰るで〜」

バス停から家までは3分もかからない。
帰り道を歩きながら、さっきの彼女のことを思い出していた。

児童館で出会った人と、児童館以外のところで出会って声をかけられたのは初めてのことだ。

京都市で出会う人たちとのコミュニケーションは1回きりが多いから。

たとえば道を歩いているとき、子連れで話しかけられない日はめったにないほどよく話し掛けられるが、その人々とまたどこかで会う約束をすることは無いし、すれ違って気づいたこともない。

それは児童館でも同じで、その場にいるときは「こんにちは〜」とか「かわいいですね〜。おいくつですか?」とか「もうそんなことできるんですか、天才ですねー!」とか話すけど、連絡先の交換までするような仲にはなかなかならない。

でも、それで何にも問題なかったし、十分だった。

また会うかどうか分からないからこそ、また会ったときは会ったときで話しましょうか、くらいのつながりを楽しんでいた。

そんな風に思えるのは、福知山市雲原で、がっつりつながるコミュニケーションをたっぷりしてきたからだと思う。

福知山市雲原に単身で住み始めた頃は、そこに暮らす誰もがお互いを知っていて、同じ名字の人たちは下の名前をあだ名で呼び合っているようなところに、ポンと私のように知らないよそ者が入ったからこそ、知ってもらいたいという気持ちも強かった。

だから、初対面の人には必ず自分から話し掛けた。

「はじめまして、吉田美奈子です。お名前は何とおっしゃるんですか?」

名乗ることなしでコミュニケーションは始まらないと思っていた。

でも、京都市に暮らしはじめてみると、お店でも道でも名乗らないコミュニケーションの方が圧倒的に多いではないか。

お互いに知らない者同士だからこそ、そのときそのときをともに過ごせるという感覚だろうか。
それは新鮮で、とても気楽に思えたのだった。

だが彼女は、そんな京都市で、私に話しかけてくれた。
児童館で会ったという「この前」があって、また会いましょうという「この次」がありそうな感じ。久しぶりで、なんか、こしょばい。

「はい到着〜。ただいまやでー」

家に着いていた。
娘を先に家の中におろして、ベビーカーを引き上げ、片付ける。

その週末の金曜日、私と娘は児童館に行くことにした。

朝10時半からの自由遊び時間には遅れたが、11時からの手遊びの時間には間に合った。

バスで話しかけてくれた彼女の姿はなかった。

でも、またきっと会えるだろうな。そのときは、私から話しかけよう。

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吉田美奈子
農家民宿「雲の原っぱ社」宿主。1989年生まれ。福知山市で生まれ育つ。京都女子大学現代社会学部現代社会学科卒業後、NPO法人暮らしづくりネットワーク北芝で地域教育に関わる。2012年、福知山市の雲原地区へ単身移住。2016年、結婚を機に京都市との2拠点生活スタート。同年11月、女児の母となる。クマと星野源と夫が好き。 ツイッター▷@kumonoharappa ホームページ▷雲の原っぱ社